「走って」
強い緊張のまじった、しかし低く押し殺した昭子の声が、それまでこの部屋の中に漂っていた穏やかな空気を瞬時に固く冷たく凍らせた。
次の瞬きまでの間に事態を完全に理解した僕は、昭子の手を取り裏口まで急いだ。
「しまった靴が無い」
外は物凄い豪雨だ。裸足で駆け出したら3分も持たずに凍えてしまうだろう。
「こっち、はやく、外出用のサンダルが有る」
昭子がサンダルを見つけた。
傘が無い、どうする?
背中に足音が迫る。
「ガタガタガタッ」
一人の足音では無い。何人居るのか想像もできないが、もし捕まってしまったら必死でもがいても取り押さえられてしまう程の人数である事は理解できる。
もう駄目か?
サンダルをつっかけ、コートで二人の頭を深く覆い外に出る。
走る。
走る。
走る。
どこをどう走ってきたかなど解らない。
冷たい雨。
びしょ濡れのコート。
雨を遮らないサンダル。
冷たさで既に感覚の無くなった両足。
二人とも満身創痍。
刺さるように降り続く雨の中、昭子と目が合う。
二人同時に振り返る。
さっきまで居た旅館は遠く小さく、この雨の中ではやっと確認できるくらいだ。
見つかっていない?
このまま逃げ切れたら、誰も知らない土地で二人で静かに人生を送ろう。
握った手に力を込める。
「行こう」
次の歩を進める。
ここまで来れば大丈夫だろう。
ゆっくり歩き始める。
何時の間にか雨は小振りになっている。
もうコートをかぶっている必要は無い。
二人の頭をすっかり覆っていたコートをゆっくり上げていく。
目の高さまで上げたところでこの町には無い音が聞こえてきた。
「ブォーーーォッ」
雨音に混じって聴きなれたエンジン音が微かに聞こえる。
黒塗りのベンツが左折してこちらに向かってくる。
しまった。見つかった。
残り少なくなった体力を最後まで振り絞り走った。
手は離さない。
「くそっ」
目の前は土手。落ちたらかすり傷ではすまないだろう。
「行き止まり?」
昭子の不安げな声。
繋いだ手は離さない。
ゆっくり近づいてくる黒塗りのベンツ。
数メートル先で止まる。
「ガチャ」
まず助手席が開き黒スーツの男。
「ガチャッガチャッ」
後部座席が開き黒スーツ二人、一人は傘を持っている。
ゆっくりと最後に降りてきた偉そうな男。黒スーツ傘男がすかさず傘をこの偉そうな男の頭の上に掲げる。
この男には見覚えが有るぞ。
たしか~組の…
考えを巡らせていると、偉そうな男は胸元から短い木の筒を取り出した。
これを見るのは初めてじゃない、これは人を刺す道具だ。
「ゴクリ」
昭子を庇い僕が前に出る。
手は離さない。
僕は刺されてもいい。傷を負ってもいい。もしかしたらここで殺されてしまうかもしれない。
だけど、死んでも昭子だけは傷付けさせない。絶対に僕が守る。
昭子を見る。二人頷く。
偉そうな男は動かない。
何をしているんだ?
この隙に逃げようとしても、後ろは高い土手、前には黒ベンツだ。簡単には逃げられない。
偉そうな男の次の動きを待つ。
「ふ~み~お~? お前が文雄か?」
偉そうな風体に負けず劣らず偉そうな口調で話し出した。
強い緊張のまじった、しかし低く押し殺した昭子の声が、それまでこの部屋の中に漂っていた穏やかな空気を瞬時に固く冷たく凍らせた。
次の瞬きまでの間に事態を完全に理解した僕は、昭子の手を取り裏口まで急いだ。
「しまった靴が無い」
外は物凄い豪雨だ。裸足で駆け出したら3分も持たずに凍えてしまうだろう。
「こっち、はやく、外出用のサンダルが有る」
昭子がサンダルを見つけた。
傘が無い、どうする?
背中に足音が迫る。
「ガタガタガタッ」
一人の足音では無い。何人居るのか想像もできないが、もし捕まってしまったら必死でもがいても取り押さえられてしまう程の人数である事は理解できる。
もう駄目か?
サンダルをつっかけ、コートで二人の頭を深く覆い外に出る。
走る。
走る。
走る。
どこをどう走ってきたかなど解らない。
冷たい雨。
びしょ濡れのコート。
雨を遮らないサンダル。
冷たさで既に感覚の無くなった両足。
二人とも満身創痍。
刺さるように降り続く雨の中、昭子と目が合う。
二人同時に振り返る。
さっきまで居た旅館は遠く小さく、この雨の中ではやっと確認できるくらいだ。
見つかっていない?
このまま逃げ切れたら、誰も知らない土地で二人で静かに人生を送ろう。
握った手に力を込める。
「行こう」
次の歩を進める。
ここまで来れば大丈夫だろう。
ゆっくり歩き始める。
何時の間にか雨は小振りになっている。
もうコートをかぶっている必要は無い。
二人の頭をすっかり覆っていたコートをゆっくり上げていく。
目の高さまで上げたところでこの町には無い音が聞こえてきた。
「ブォーーーォッ」
雨音に混じって聴きなれたエンジン音が微かに聞こえる。
黒塗りのベンツが左折してこちらに向かってくる。
しまった。見つかった。
残り少なくなった体力を最後まで振り絞り走った。
手は離さない。
「くそっ」
目の前は土手。落ちたらかすり傷ではすまないだろう。
「行き止まり?」
昭子の不安げな声。
繋いだ手は離さない。
ゆっくり近づいてくる黒塗りのベンツ。
数メートル先で止まる。
「ガチャ」
まず助手席が開き黒スーツの男。
「ガチャッガチャッ」
後部座席が開き黒スーツ二人、一人は傘を持っている。
ゆっくりと最後に降りてきた偉そうな男。黒スーツ傘男がすかさず傘をこの偉そうな男の頭の上に掲げる。
この男には見覚えが有るぞ。
たしか~組の…
考えを巡らせていると、偉そうな男は胸元から短い木の筒を取り出した。
これを見るのは初めてじゃない、これは人を刺す道具だ。
「ゴクリ」
昭子を庇い僕が前に出る。
手は離さない。
僕は刺されてもいい。傷を負ってもいい。もしかしたらここで殺されてしまうかもしれない。
だけど、死んでも昭子だけは傷付けさせない。絶対に僕が守る。
昭子を見る。二人頷く。
偉そうな男は動かない。
何をしているんだ?
この隙に逃げようとしても、後ろは高い土手、前には黒ベンツだ。簡単には逃げられない。
偉そうな男の次の動きを待つ。
「ふ~み~お~? お前が文雄か?」
偉そうな風体に負けず劣らず偉そうな口調で話し出した。